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【バチカン】ヨハネ・パウロ2世の狙撃犯がバチカンを訪れるが・・・ 



ソトゴトニュース


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狙撃犯が法王の墓に献花

1981年に当時のローマ法王、故ヨハネ・パウロ2世を狙撃した暗殺未遂犯のトルコ人、アリ・アジャ元受刑者が27日、バチカンのサンピエトロ大聖堂を訪問し、ヨハネ・パウロ2世の墓に献花した。

現法王との面会は認めず

現法王フランシスコとの面会も求めたが、バチカン側は許可しなかった。イタリアのメディアが報じた。アジャ氏は81年5月にバチカンのサンピエトロ広場でヨハネ・パウロ2世を銃撃し、重傷を負わせた。出所後、墓参を望んでいたが、事件以降バチカンを訪れたのは初めてという。

恩赦

アジャ氏はイタリアで服役中の83年、ヨハネ・パウロ2世と面会し「許し」を与えられた。2000年に恩赦を受けてトルコに移送され、別の罪で服役後、10年1月に出所した。(共同)

<via:産経ニュース>


ネットの反応


2:2014/12/28(日)11:06:22 ID:

最後の行の”別の罪”について。
罪状は強盗と新聞編集長殺人事件との事です。
新聞編集長殺人事件は青年時代での犯行との事。

「メフメト・アリ・アジャの」wikiより
青年時代

トルコのマラティヤ県ヘキムハン(英語版)で生まれたアジャは若い頃に精神疾患を患い、軽犯罪を犯し故郷でストリートギャングの一員となった。
その後トルコとブルガリアの間で密輸業に携わる。

次に彼はシリアへ行き、2ヶ月間の兵器とテロ戦術の訓練を受ける。
彼はこの訓練をブルガリア政府からの資金援助の元に行われたと主張する。
訓練後トルコの極右武装組織「灰色の狼」に参加する。アジャは自身を政治的背後の無い、報酬で動く傭兵だと主張する。
1979年に彼は灰色の狼の指示の下、革新系のミッリイェト紙の編集者アブディ・イペクチをイスタンブルで殺害した。
彼は密告者の報告で逮捕され終身刑が宣告されたが、灰色の狼の助けを借りて脱獄した。

3:2014/12/28(日)11:07:24 ID:

アリ・アジャ元受刑者がなぜ故ヨハネ・パウロ2世を狙撃したのかは良く分かりませんでした
ご存知の方は情報をお願いします。

4:2014/12/28(日)11:08:37 ID:

なにか宗教的な対立?

5:2014/12/28(日)12:17:27 ID:

スナイパーとは針の穴に糸を通すほどの
精密さが求められます。
つまりスナイパーの知恵とは裁縫なのです
アダムとイブの罪は裸であることを否定した裁縫の罪です
ゆえにその業罰として衣を着た罪人共の偽りを
糺すためにスナイパーが存在するのです。
ようするに鉛玉はローマ法王とアダムとイブへの
創造主からのプレゼントなのです
 

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